小野次郎 公式ブログ『ジローのおしゃべりサロン』

霞が関、総理官邸&永田町のすべてに精通する小野次郎のつぶやきとため息

「尊号一件」について

「尊号一件」について、生前譲位の問題が国会で審議されるにおよび、友人の皆さんの参考までに、昨年9月の自分のFB記事を再掲します。
18世紀末、皇室(朝廷)の権威と政権(幕府)の権力が衝突した事件。親王家から養子となって天皇に即位された方が父上の親王に上皇の尊号を認めようとされた。天皇から退位された方を上皇とお呼びするのが通例だが、長い日本の歴史の中には例外的に上皇の待遇を受けた方もおられたらしい。結論的には、現職天皇の強いご意向を幕府の老中首座(定信)が覆して尊号を認めない事で決着した。
この件で驚くべきことは、紛議の最中に天皇が全ての公卿に宛てて所信を明らかにした上で賛同を求める非常手段に出た事である。その結果、大半の公卿から支持を集めた。しかし幕府方はこれを受け入れず、逆に最後まで天皇に味方した公卿らを更迭、処分してしまった。
事実としては政治権力が天皇の権威に優位する事を見せつける結果に終わった。だが、歴史的には両者の対抗関係を天下の士民に知らしめ、それが後の尊皇運動の広がりに繋がったとされる。
国民主権の現行憲法下と当時とでは政治状況がまるで違う。だが、政治権力を否定された皇室が最高の政治的権威を保持する側面においては、200年前と今とで似ていなくもない。
国民一般から見れば、あらゆる面で無答責の皇室を内閣が丸抱えでお守りしお支えするのが当たり前である。内閣と皇室は一体であるべきで、決して両者の間が論争したり力比べを行う関係となってはならない。
そういう事態を招けば、政権側が優位するのは憲法上も当然である。だが、それは多くの国民に天皇のご意向に対する賛同や同情の念を巻き起こし、ご意向に従わない政権に対して不信感を持つ者が出てくる。何よりも、国民一般が政権と皇室との間に対抗する関係を見てとる事は天皇制の永続性を考える面からは望ましい事ではない。「天皇元首制」と「共和制」の間に天皇制の存続を認めた「象徴天皇制」は、非常に微妙なバランスの上に立っている。政権との諍いを国民の前にさらすことは、微妙なバランスを根底から打ち壊してしまう危険を孕んでいる。
生前退位について、陛下自らが国民に所信を明らかにされて賛同を求めている。この問題が女性天皇の問題にも繋がりかねないと心配する政権側は、慎重に検討する姿勢を示している。乾坤一擲とも伺える天皇陛下のアピールに対する反応としては、あまりに鈍い。
私は、皇室内の問題はあらゆる場合に皇室のお考え通りに実現に努めるのが内閣の責務と考える。どのような皇室内の変革もその外側にある国政には影響を及ぼさせないという配慮と覚悟が何より重要である。皇室にまつわるあらゆる問題を一切政治化させない事が内閣の最大の務めであり、皇室存続のためにも必要な事である。
生前退位も女性天皇も、一法律である皇室典範の問題であり、憲法改正に繋がる問題ではない。
長州の尊皇攘夷にも似て歴史問題では肩に力が入り過ぎる安倍政権が、この日本政治史の大原則を踏み外さないよう市井の民として念ずる処である

生前譲位を定める制度について

憲法上、天皇は政治上の権力を持たずまた行使しない決まりである。
その上で、国をまとめ国民を癒すための公務は広範で、みなぎる気力・体力と惜しみない情愛、情熱をお持ち頂かなければ務まらない。
ご自身が不安や不足を感じたら、予め定められた皇嗣にお務めを譲られるのは極めて自然である。
この場合、皇位を巡る政治的紛議が生じないよう、ご自身の申出である事は要件だろう。
国民へのお言葉によってこの点が確認できるのであれば、生前譲位が必要となるケースは、今後ともあり得る。
生身の人間を情の通わない制度に縛り付ける原理主義を離れて、今後の長い歴史に耐える柔らかな制度の整備を望む。

街角モニタリング  笑う?笑わない?

街で出会った知らない人を笑わせるのが私の密かな趣味である。タクシー車内で立て続けに冗談を言って友人を笑わせていたら、運転手さんまで息を殺して聞き耳を立ててるのが分かった。
「よし、いけそうだ」と、取っておきのネタを披露したら、運転手は遂に吹き出して交差点でもない路上でブレーキまで踏んじゃった。
「運転手さんは僕らを気にせず運転に専念して下さい」してやったりという想いもあって、叱りながらも、車内はまた大笑いだった。
このタクシー運転手を吹き出させたのが四十歳過ぎ。
次の自慢は、交差点で信号待ちの間を利用して、信号が変わるのを待つ隣の人を笑わせる。
これは「瞬間芸」に近いので、かなりハイテクとなる。
時事問題かTVワイドショーのネタを呟くのがコツ。
正確ではないが、十数年前に渋谷か新宿の大交差点でこれに成功した。
六十歳過ぎた今の夢は、公衆トイレで連れションに行き合わせた見知らぬ人を笑わせたい。
一緒にいる時間は交差点の信号待ちより長そうだが、人を笑わせるのは瞬間の集中力が必要なので、自分も用を足しながら「片手間」で隣人の心を掴むのは意外と難しい。
実力を試す場面に未だ出くわさないが、成功したらそのコツを呟くことにしたい。

『国際組織犯罪防止についてご存知ですか?』

ツイッターで共謀罪法案の話題には近寄れない。
反対派も賛成派も自分たちの主張に深酔いしてる。
人の話を聴くまでも無く刑事法令の問題点を熟知している素ぶりが目立つ。
実は他人の話を聞いて「そりゃ、大変だ!」と声を上げている程度の方が多い。
条約批准のための国内法改正という入り口議論だけが過熱し、そこで思考停止。
だが、乱用と悪用の虞だけなら、例えば軽犯罪法を含めてどんな刑罰法令にも起こり得る。
乱用防止も重要だが、それは政府や当局の暴走を防ぐ措置の議論として別途行うべきである。
親条約と三つの子条約から成る新たな国際組織犯罪防止の枠組みとこれまでに見られない特徴に付いて伝える議論は、政府側からも野党やマスコミ側からも聞こえてこない。
世界中の187カ国が既に加盟しているこの条約の枠組みは、もはや「世界標準」と言って良い。
この中で我が国は今後何を為すべきかと言う肝心の議論は不存在。
安倍政権の鼻息では今会期中にも力づくで法律案を成立させる可能性がある。
しかし、そうなっても組織犯罪防止の国際的な枠組みへの参加によって行政、経済、生活にどんな影響が起こるか、大半の国民は知らされないまま。
政府、野党、マスコミのそれぞれが國民に対して負う責任として、果たしてそんな事でお茶を濁して良いのだろうか?
これでは、20年以上前に数年間を掛けてこの新たな枠組みに魂を入れた政府当局者の一人として、甚だ残念でならない。

テロ等準備罪と条約の関係

⒈今回の法改正は、国際組織犯罪防止条約による国際協力の枠組みに日本が参加するための国内法措置。
⒉この条約は、「組織犯罪対策の平準化」と「国際協力の普遍化」を求めている。
既に187カ国の加盟を得ており、世界的スタンダードとなっている。
⒊国際組織犯罪のコンセプトには、
ア.組織性・集団性、
イ.資金面の結びつき、そして
ウ.反復的・継続的に犯罪を起こす実体、が必要。
この要件を満たす限りテロ組織も含まれる。
⒋「双方可罰性」と「捜査」対象の議論が混同
双方可罰性は、この条約の国際協力の対象にする基本条件。これがないと、国際協力に応じられない。
双方可罰性がないと、任意の捜査(情報収集)は可能だが、強制の捜索・押収や身柄拘束が出来ない。
⒌一方、「捜査」はたくさんの一般人から一人もしくは少数の被疑者被告人を絞り込む作業。当然、当初は一般人も捜査の対象になる。
⒍技術的には、外務省条約局と法務省刑事局の判断による。条約に参加する目的からだけ言えば、政府と国会の与野党が一致して「国際協力の義務履行を保障する措置」で十分。
⒎組織犯罪の組織性や継続的な性格を考えると、組織犯罪への関与は従来の刑事法が捉える一度きりの犯罪への関与とは格段に異なる高い反社会性がある。
⒏個別の犯罪行為に参加しなくても、組織犯罪と認識して一定の加担行為については、違法化すべきであると自分も考える。