小野次郎 公式ブログ『ジローのおしゃべりサロン』

霞が関、総理官邸&永田町のすべてに精通する小野次郎のつぶやきとため息

「おのじろうって、何者?」プロフィール(あいうえお順)

カラオケ:10年以上前、六本木「カラオケ館」で高得点を出して、景品に携帯電話を貰う。都内某スナックでは、「カラオケ永世名人」の称号を得て、店内に写真が掲げられている。最高得点は、モスクワと甲府で出した3回の100点満点!得意なジャンルは裕次郎など、なつかしの歌謡曲系。

川路大警視:鹿児島県警本部長時代、発起人代表として、鹿児島出身で「日本警察の父」と呼ばれる初代警視総監(大警視)川路利良の銅像を建立。同時に県警グッズとして発売された本格芋焼酎「川路大警視」は、その後も大好評。

剣道:中学、高校時代は剣道部所属、高校では部長も務めた。先鋒役として高体連に出場したが予選敗退。警察に就職して再び剣道を始めたがとても歯が立たず、やっと二段を貰ったところでギブアップ。だから「腕に自信無し」と自認している。

コナカ党:店が家の近くにあったため、公務員時代から、背広はコナカが多い。議員になってから、他で背広を作る機会もあるので、もはや「政治公約」とは言えない。もっと有名になって、松岡修造と「広告塔」の地位を争うのが将来の夢(笑)。

菜園:15年前から「野菜」はいろいろ試している。ねぎ、にら、赤カブ、白カブ、春菊、絹さや、ジャガイモ、モロコシ、かぼちゃなど。地元の農家に先駆けて明野の自宅でゴーヤを作ったことも。ただし、食いしん坊なので「花」は作らない。

薩摩大使:県警本部長を務めてから大の鹿児島ファンに。県知事から、鹿児島を全国にアピールする無給の大役を委嘱される。以来、芋焼酎、つけ揚げ(さつま揚げ)、にがウリ(ゴーヤ)など自分の好物を、おいしそうに食べる宣伝を通じて協力中。
  
茶道:大学の4年間は、裏千家茶道同好会所属。今では平点前ぐらいしか身に付いていないが、何年かごとにOB茶会を催すことも。パリの大使館勤務時代には、先生の指導を受けながらフランス人の大臣を、お茶席で接待した経験も。

銃規制:初代の警察庁銃器対策課長。凶悪犯罪に使われる銃器はほとんどが海外からの密輸品。このため、日本の銃器規制を海外に広めることに熱中。海外の会議場では、「ミスター・ガンコントロール」と声が掛かる一方、銃器規制に反対する全米ライフル協会では「銃器規制をアメリカに押し付けるブラックリスト」に名前が載せられたことも。最近、我が国が提案した初めての国際的な銃器規制議定書が、国連で採択されたことが心のモニュメント。

ストーカー防止条例:平成11年(1999年)、鹿児島県議会は全国に先駆けてストーカー防止条例を全会一致で成立させた。県警本部長自らが発案して、わずか10カ月の早業。これに刺激されて数府県で条例制定が続くと共に、翌年、国会でもようやくストーカー防止法が成立した。「条例」の方は、恋愛感情をストーカー行為の前提条件とせず、また被害者による告訴を要件としていない。「法律」ではカバーされない様々なストーカー行為が存在するため、「条例」は、その後も存続し活用されている。

そば打ち:手打ち蕎麦「石州」を経営していた片桐氏に弟子入りして、そば打ちを修行中。周囲には、師匠から拝領した「めん棒」を見せて「五番弟子」だと自慢している。しかし、弟子入りして一年立つのに誰も本人が蕎麦を打つ姿を見ておらず、実力はかなり怪しまれている。

釣りバカ:鹿児島在勤時代、週末はほとんど錦江湾で海釣りにいそしむ。官舎も職場も湾に面する場所にあったから、事件が起きても部下より早く出勤できることを言い訳にしていた。奄美諸島では大物のシーラを釣ったことも。釣竿は今でも捨てていないが、地元の山梨は海に面していないので、ただ今休部中。

ドライブ:免許は留学直前に国内で取ったが、運転はフランスから始まる。通算して5年のフランス生活で、走行キロは13万キロに。国内での残り25年間で5万キロに達しているだろうか?ドイツ車ファンが多い日本では多くを語らないが、本人はかなりのシトロエンびいき。シートが自慢のフランス車だけに、「誰かにシトロエンを運転させて、自分は後部座席にゆったり座ってみたい」というのが口癖。ただし、国内では故障が少ない国産車、中でも、プライベートでは環境配慮型のハイブリット・タイプに乗っている。

フランス語:学生時代からフランスにあこがれて、シャンソンのカセットとタイマーを繋いで目覚まし時計代わりにした時も。独身時代の2年間の留学では「タクシー営業許可の研究」で法学修士号取得。3年の大使館勤務を終えて帰国後、フランス政府から「国家功労賞オフィシエ章」という勲章を授与される。議員になってからは、通訳がいない場で在日フランス大使の通訳を務める姿が先輩議員の目にとまり、現在、日仏友好議員連盟事務局長。昨年春には、依頼されて飯田橋の日仏会館でフランス語での講演をした経験も。

ボーリング:ずーと苦手なスポーツだったが、最近、政治のご指導を頂いている武部勤代議士らに勧められて、再びトレ―ニングを開始。スコアが女性議員の後塵を拝するようなスタートだったが、その後、やや頭角を現してきたかなと気負い気味(笑)。所属する「新しい風」の仲間と揃いのウェアーを作った。明るい色合いで目立つデザインである。ボーリングのときだけではもったいないので、地元へ持ち帰って早朝の街頭演説でもこのウェアーを着ている。

マネロン対策:国際標準である、マネロン対策の我が国への導入に関与。特に10年前、疑わしい金融取引に眼を光らせるFIU(最初は金融庁、今年から警察庁に移管)を国内に設けさせることに成功した。マネロン対策先進国のアメリカ財務省を視察した際、ホワイトハウスを案内して貰う機会があった。「記念撮影のとき、日本ではチーズと口を開くが、アメリカではどう言えば良いの?」と財務省の担当官に尋ねた。「他の人は知らないけど、俺たちは財務省だから、」とニヤリと笑って、「マネー、が良いよ」と教えてくれた。

日本の現状を、変える。

 今の日本は、官僚機構による支配の上に、政治がお飾り的存在になっているのではないか?
 巨大な存在の各省庁は、国民の手が及ばない状態になっており、政治は彼らにただ振り回されているように国民の目に映る。「消えた年金記録」の厚労省、「道路特定財源」の国交省、「諫早湾干拓訴訟」の農水省などは象徴的である。各省庁の官僚機構は、権限、業界、予算という既得権の城に守られて、各々半独立的に施政を行ってきた。内閣の方は、省庁を横につないだ連合体かせいぜい協議機関のようだ。
 国会には、道路族や厚生労働族など「族議員」と呼ばれる政治家がいる。彼らは「省庁応援団」、「役所の理解者」ではあっても、「監視役」の機能は期待できない。内閣支持率の低迷は、最高権力者であるはずの総理大臣でさえ、各省庁に対してリーダーシップを発揮できていないという評価だろう。「一度、民主党に政権を取らせてみたら?」という声が増えているのも、各省庁をひたすら擁護し、庇うイメージが自民党に染み付いているせいだろう。
 
 中央省庁から市町村にいたるまで官僚による「行政」は、日々の国民生活を隅々まで仕切っている。日本の現状を変えるためには、官僚による日本支配を終わらせなければならない。公務員は元来、市民に奉仕するためにある。官僚機構をこの原点に立ち戻らせることが今、何より重要になっている。
 僕は、公務員の意識改革のために、次の3点の徹底を図りたい。
 
 第1に、納税者であり有権者である市民は、公務員の雇い主である。公務員は、税金で、市民の要望に沿った仕事をする責任がある。市民にとっては、公務員の給与は要望を実現して貰うためのコストである。行政が市民のマチマチな要望を集約することは必要だ。しかし、雇い主である市民と対決するようなことはあり得ない。国家の緊急事態を除けば、利害調整による要望の集約がなされていない案件を強行すべきではない。他方、支出について市民の了解が得られれば、基本的に税金の使い道に制約はない。C型肝炎の一律救済のように、常識や人道上の配慮から税金による救済に異存がない問題について、官僚が、何だかんだと抵抗するのもあり得ないことだ。
 
 第2に、時間と空間は有料であることを、公務員に理解させる。お金を借りて事業をする市民にとって許認可の引き延ばしで増大するコストは、死活問題である。役所の側も、遅れた許認可では手数料を徴収しないぐらいのハンディを負うべきである。また、民間の不動産には固定資産税や相続税が掛かるから、誰でも資産の最大限の有効利用を考える。税金の掛からない何十兆円にも上る国有・公有財産の管理に、不動産会社や公認会計士などの手を借りて民間の資産運用の感覚を取り入れたい。

 第3に、公務員にも個人責任を負わせる。国家賠償法により、行政にミスがあれば役所が税金で市民に賠償する仕組みがあるが、公務員個人が賠償するわけではない。行政による処分を取り消させる訴訟では、市民が勝訴しても不当な原処分を下した公務員個人は何の責任もとらない。例外は、知事や市長など首長に対する住民代表訴訟であるが、強大な権力を行使する国家公務員は基本的に個人責任を負わない。自分は「匿名性」に隠れながら、市民に対しては「官の無謬性」に拘ることが最大のガンである。一罰百戒の意味も込めて制度的に、公務員の個人責任を追及する仕組みを導入したい。

ザ・身体検査

 洞爺湖サミットも終わり、永田町は今月中にも予想される、内閣改造の話題でにぎわっている。こういう時期には、出所不明の入閣候補の名前とともに、入閣前の「身体検査」が話題になる。

 前に、この言葉について同僚の新人議員から質問を受けたことがある。
「入閣前の身体検査は、どこか指定されたところで受けておくの?」
(悪いけど、この人は完全に勘違いしている!)
 言うまでもなく、この身体検査は、医療機関における健康診断の事ではない。むしろ「身辺調査」というような意味である。しかし、この言葉はある種の‘隠語’であって、新人議員に限らず、経験を持った政治家や政治評論家の間でも、必ずしも正確に理解されていない。これまでの経験の中でチラッと垣間見た「身体検査」の実体を‘つぶやきジロー’してみよう。
 まず、これは非公式に行われるもので無形、無定形のもの。調査項目も様式も定められていない。 就任するポストにより、また名前の挙がった個々人により、健康問題から「酒」や「金」にまつわる問題、女性関係、時には姻戚関係や地元の選挙情勢などまで様々な要素が対象になりうる。あらかじめ、個人毎に資料化されているわけではないし、決して記録を残すこともない。内閣が替わる際に、マニュアルすら書き残すことができない分野である。
 次に、該当者の方から名乗りを上げて、どこかに調査して貰うものではないし、逆に特定の権限や責任のある人が、事実の有無を証明するものでもない。事柄の性格上、対象となる本人や当事者から事実確認のために直接聞き取りをすることは困難であるから、一言でいえば内容は「周辺の評判」をかき集めたものである。自薦他薦の入閣候補が最終的に選ばれないことは良くある。こんな時に、「身体検査で落とされた」と、まことしやかな解説が流される場合があるが、それが本当の理由であったかどうかは、常に「藪の中」のままに終わる。
 さらに、「身体検査」と呼ばれる調査には、内容の異なる2つのタイプのものがある。それは、入閣など登用前の人物調査と、登用後に芳しくない話が浮上した場合の事実調査である。ここでは、二つを区別するために、前者を「人間ドック」、後者を「再検査」と呼ぶ。組閣時などは対象者数も多くて、調査に掛ける時間も限られている。人間ドック同様に、超音波(エコー)診断的な探査手法を使って、全体的に(身辺に)不審点がないかをチェックする。幅広く調べなければならない一方、大きな「影」が見えなければとりあえずOKである。具体的には、その人がマスコミの前にさらされるポストに就任した場合に、スキャンダルとして騒がれそうな案件(ネタ)を、マスコミが既に把握していないか八方検索することである。隠密に実施することが使命だが、当て馬候補を複数混ぜて依頼すれば、その内のどれが本命であるかを相手方に知られないで済む。調査の密度からすれば、口の堅い情報通の知り合いを数人持っていれば、「人間ドック」の結果は一晩で出せる。
 逆に言えば、本当に病気(不祥事)を抱えているかどうかは問題ではない。むしろこの段階では、確認してしまわない方がよい。一般論としては、何らかの「影」を持つ人の起用は避けた方が無難ではある。しかし、その政治的実力を買って敢えて起用するかどうかは、人事権者である総理大臣の一存に係る。
 これに対して「再検査」の方は、既に問題を抱えている事が分かっているだけに、より慎重を期さなければならない。「もつか、もたないか(職務の継続が可能か)」、「いつ(政治的に)爆発するか」という次元の問題である。要職にある政治家の運命がかかっている上、内閣全体の命運にも係わる判断となる。エコーに映る白い「影」が悪性か良性か、今度はいろんな角度から特定しなければならない。しかも、各方面に迷惑を及ぼさないように、情報入手先の選定、情報源の秘匿、情報確度の確認なども慎重に配慮しなければならない。当然、判断に時間がかかることもある。総理大臣がどんな「名医」だとしても救えない(庇い切れない)重篤な事態が時々起きるからだ。

 それでも現実の政治の中では、就任前からの身辺に関する理由によって途中で辞める人が出てくる。どんな「身体検査」も完璧ではない。むしろ現代では、「身体検査は騙せても、マスコミの追及からは逃れられない」というのが真実かも知れない。ともあれ、こうした理由での途中辞任は、野党やワイドショーが喜ぶだけで、国民にとっては政治や行政の停滞を招くだけで迷惑千万である。甚だ失礼ながら、内閣改造でお声が掛かる当てがある方々には、あらかじめ身辺の整理をして頂くか、こじれた問題を抱える場合には、ダメージの少ない別の口実を見つけて早めに局外に出ることをお薦めしたい。