小野次郎 公式ブログ『ジローのおしゃべりサロン』

霞が関、総理官邸&永田町のすべてに精通する小野次郎のつぶやきとため息

政権ダッチロール(23日のニュースから)3

 日本郵政西川氏続投問題で党内の動揺続く。
 総理は「民営会社の社長人事に介入するのは慎重であるべき」との認識を最終的に表明されたが、鳩山前大臣は、総理の方から西川更迭を前提にして後任社長候補の名前を挙げたと主張している。
 前大臣の主張は自己矛盾を起こしており、僕も総理の結論は妥当だと思う。日本郵政に対して国(総務大臣)の監督権限を強調すれば、会社の業務処理に対しても大臣の方が第一次的な責任を負わなければならない理屈になる。
 しかし、前大臣が暴露する総理とのやりとりを否定しないままでは、総理の方が「心変わり」したのではないかという疑問を多くの国民が抱いてしまう。この問題について総理自身はどう考えてきたのか、認識が少しも伝わらないのが国民の最大の不満ではなかろうか?
 確かに、西川続投について世論は不評である。しかし、“正義派”の前大臣に対して世論は同情的であるから、これは予想された反応である。だからと言って、「喧嘩両成敗」の体裁を取り繕うために、これから西川社長に辞めて貰えば内閣支持率が回復するかと言えば、逆であろう。
 総理が判断を逡巡し決断が遅れれば、その度に支持率が低下する。総理が、もっと早く処理方針を明らかにしていれば、ここまで急激な内閣支持率の低下を招くこともなかったであろう。
 国民生活的には、何よりも、民営化後のサービスの拡大と向上について、目に見える実績を挙げることが求められている。民営化前からの財産の処分に関しては、透明性を確保する観点から、外部に委託することを考えれば良い。そして会社本体は民営化後の本業のサービス改善に集中すべきである。
 前大臣と同じ立場から社長人事の問題を取り上げる政治家は、そもそも郵政民営化に反対であった方々に多い。会社は既に民営化されているのだから、そのメリットを最大限引き出すごとに努力するのが与党政治家の務めであろう。今さらのように、「元々民営化は適当ではなかったのだ」という持論の例証にこの問題を結び付ける姿は、情けないし見苦しい。

政権ダッチロール(23日のニュースから)2

 社会保障費2200億抑制を事実上撤回した「骨太2009」を閣議決定。
 年々の社会保障予算の増大は避けられないが、抑制・控除する項目が廃止されてしまえば予算の伸びが青天井になってしまう、との指摘も免れない。
 一方で、与謝野財務大臣は、閣議後の記者会見で、まだ「増加抑制という骨太2006の方針は変わっていない」という趣旨の説明をしている。ついこの間まで「財政再建路線」で気を吐いた与謝野氏に、その面影はない。抑制方針は、撤回されたのか、それとも維持されたのか、ニュースを見ても良く分からない。
 結局、来年以降の社会保障予算は、総選挙後、新しい内閣が決めるという(当たり前の)ことを言っているだけのように思う。現内閣には、経費増大を押し留める“漬物石”の役割すら果たさなくなってしまったということだろう。
 老婆心ながら、どうにでも読める“軟体動物”のような内容の文書に「骨太」という表現はもう使わない方が良いと思う。

政権ダッチロール(23日のニュースから)1

 古賀選対委員長が、宮崎の東国原知事に衆議院選出馬を要請。
 知事は、自分を総理・総裁とすることが出馬受諾の条件と答えたとか。このニュースに、大阪の橋下知事は、「公認が貰えない新人議員がいる中で、選対委員長が直接の出馬要請とは、思い切ったものだ」という趣旨のコメント。
 対応やコメントを見る限り、両知事の方が、よほど常識人である。党内には自分の“戦場”すら与えられていない現職議員が20名近くもいる。選挙前から、20議席減でスタートする戦術などあり得るのだろうか?
候補者の新規開拓の前に、現職新人議員に戦う場所を見つける努力の方が先だろう。新人議員に活躍の場が保障されない政党に、新たに有望な新人が参入してくる筈もない。
 ひいき目無しに言って、今の自民党不人気は、「世代交代の遅れ」に原因がある。新人を更に増やす前に、党内の「新陳代謝」を促進して古臭いイメージを払拭する方が人気回復の近道だろう。
 更に、東国原知事は、自民党の問題は、知名度の高い新人候補の発掘より、リーダー(総理・総裁)の方だろうと言いたいのである。悔しいけど的を射た指摘である。

千鳥ヶ淵から九段まで

新宿駅からあずさに乗って、北杜市明野町にたどり着いた僕は、今日半日付き合ってくれた息子にメールを送った。
「今日は有難う。靖国神社に祀られている戦死者は、我が家の三兄弟と同じ年ごろの人たちです。年齢からして戦争になっても戦地に派遣される可能性がないお父さんとしては、むしろ若い人たちに対する責任を意識しました。日本が戦争に巻き込まれる事がないよう、『時流に流されず、権力に屈しない』政治家を目指す事が自分の務めであると感じます。貴君は、何を考えましたか?」

5月24日日曜日、大学1年の三男と共に、最初に千鳥ヶ淵の戦没者墓苑を訪れた。総理秘書官の頃は、毎年5月、政府主催の慰霊式に参列していたが、代議士になってからは初めてで、4年ぶりになる。息子は、千鳥ヶ淵については知らなかった。

千鳥ヶ淵は、戦後外地から持ち帰った遺骨のうち遺族に引き渡すことが出来なかった、いわゆる無名戦士を、無宗教式で葬っている。僕たちは、菊の花を一輪ずつ手向けてご冥福をお祈りした。

官邸勤務の頃、遺骨の収容場所として慰霊堂裏手に設けた拡張スペースがみすぼらしい状況であるという指摘が耳に入ってきた。空き地に作った土盛りのようにしか見えない現況を自分の目で確認したので、周囲との間に壁を作るなど、厚生労働省に環境整備をお願いして実現した思い出を息子に語って聞かせた。

参拝は短時間で終わり、靖国神社に足を進めた。息子にとっては初めてと思っていたら、意外なことに、一人でお参りしたことがあるという。長男も参拝していたことを知った。

小泉総理の靖国神社参拝が日本中の関心を集めたとき、我が家の息子らは総理にお供する父親の姿とその場所に対して、人一倍強烈な印象を持ったのだと思う。

鳥居をくぐって他の方たちと同じルートで参拝を済ませた。
「いつもああいう服装の人たちが来ているね。」見れば、揃いの出動服を着た一団が石畳の真ん中に陣取り、一般の人は両はじでお参りしている。

息子が前回見ていないというので、脇にある資料展示場「遊就館」を見学した。靖国神社は、戊辰戦争以来の戦死者を祀ると言われるが、遊就館の展示は、万葉集の時代の防人(さきもり)、江戸時代の国学者や尊皇攘夷の志士らが精神的な「原点」であると訴えている。

戦後の東京裁判で有罪判決を受け、処刑された戦争指導者の展示も目を引いた。対照的に、先の大戦で敗戦直前に敢行された「特攻攻撃」による戦死者のコーナーでは、その数の多さに驚き、また年齢の若さと純粋さに胸が痛んだ。
戦後長い時間がたっているが、あの若者たちは、隣の展示室にいる戦争指導者たちのことを、どんな想いで眺め続けているのだろうと考えさせられる。

息子には、あわてて一つの解答を決めつけることなく、自分なりの答えをこれからも求め続けて欲しいと思う。