小野次郎 公式ブログ『ジローのおしゃべりサロン』

霞が関、総理官邸&永田町のすべてに精通する小野次郎のつぶやきとため息

皇室を大切にしない政権は「久しからず」(下)

 来日した中国国家副主席と天皇との『特例会見』に関し、民主党小沢幹事長の突出した役割がその後の調査報道によって明らかになっている。日ごろの政策運営ならば政府内部のこととしてお任せするしかないが、憲法と皇室に関する問題であるだけに、僕としても考え方を明確にしておきたい。

 まず、天皇は、憲法上の国家機関であるとともに、生身の人間である。ご高齢で日夜ご公務に当たられる陛下のご健康を第一に、無理のない日程を検討するのは内閣自体の責任である。その意味で、議論が「(ご健康重視の)宮内庁対(外交優先の)内閣」という構図になること自体、内閣側の不見識である。

 また、「天皇を政治的に利用してはならない」という原則は、内閣自体とそれ以外の勢力の両方に言えることである。「外交上大事な相手国の政治家だから」という鳩山総理の言い分では、天皇に、緩急・軽重を判断させて外交の一端を担わせる事につながる。それでは、内閣による天皇の政治的利用に他ならない。

 さらに、「陛下ご自身に伺えば、きっとお会いになると言われる筈」などと、内閣に属さない一政治家が、お心を勝手に推し量った内容を公言することは許されない。戦前の軍人や近代以前の相対立する勢力が、天皇のお気持ちを自分らに都合の良いように解釈してその権威を利用し国内を混乱させた歴史を、小沢氏はあらためて学習すべきである

 小沢氏の「宮内庁長官は辞表を出すべきだ」などという発言も不見識である。もし、この件で長官に不手際があったというなら内閣の責任で解任すべきである。その理由がないというなら、逆に、いかに与党幹事長が相手だとしても、内閣は、内閣に属しつつ皇室をお守りする役目を担っている宮内庁長官を擁護する責任がある。言いたい放題の与党幹事長をたしなめることも出来ない内閣では、国民の目には、傀儡政権だとしか映らない。

 古来、皇室を大切にしない政治家ほど、皇室の権威を政治的に利用しようとする。不見識な政治家の横暴を止めさせることを思うにつけ、何としても自分が早く国政の場に復帰することを決意する。小野次郎の新たな挑戦にご期待いただきたい。

皇室を大切にしない政権は「久しからず」(上)

 最近、閣僚として陛下と食事を共にした亀井静香大臣は、お住まいを東京から、京都か(自分の選挙区である)広島に移すことを陛下に進言した上、そのやり取りを報道番組の中で明らかにした。陛下は直接にはお答えにならず、「京都は好きです」との趣旨をお話しされたという。

 これを知って、亀井氏の態度に憤りを覚える国民は多いと思う。国内でご旅行に行かれる先というならともかく、天皇は自分の気に入った街に引っ越す自由がある一般国民とは違う存在である。天皇のお住まい(皇居)をどこに置くかは国のあり方にも関わる重大問題である。そのような問題について、軽々に陛下の意見を求めるかのような会話をすること自体、閣僚として不適切である。そのやり取りを報道番組の中で披露するのは、重ねて不謹慎である。内閣(国務大臣)は、憲法にしたがい皇室をお守りする役目がある筈なのに、その自覚が微塵も感じられない。

 特に、(政府の)遷都と切り離して天皇のお住まいの移転だけを口にするのは、国の象徴として憲法上大きな役割を日夜果たしておられる天皇の存在を軽く考えているとしか思えない。我が国の歴史を顧みれば、鎌倉時代や江戸時代のように政府(政治権力)の所在地が皇居(御所)と別の場所に置かれたときに経験した対立や騒乱の歴史についての見識も疑われる。

 日本国憲法及び日本の歴史の理解について、彼は国務大臣としても国政の政治家としても不適格である。ちなみに、亀井氏の言動をたしなめることも忘れて、「(維新後)『ちょっと行ってくる』と(明治)天皇はおっしゃって、(自分の選挙区である京都から)東京に行ったままになっている」などと番組の中でコメントする谷垣自民党総裁も同じレベルである。政権奪還をめざす野党第一党のリーダーとして、「あまりに軽い!」としか言いようがない。

(『皇室を大切にしない政権は「久しからず」(下)』につづく)

イベント情報

12月27日(日)午後1時~2時 にらさき文化村にて、

『甲州韮崎宿 あひる市』が開催されます。

このイベントで『次郎さんの ニュース解読』のコーナーをいたします。

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政治の話題から社会・芸能まで、幅広い話題を分かりやすく解説します。

参加費も無料です。

多くの方々のお越しをお待ちしております。

〈にらさき文化村〉 山梨県韮崎市本町1-10-1  電話0551-22-0011


年の瀬に想う。

 雪の舞う北杜市。寒さが身にしみる中、政治に飛び込んで以来の自分が目指してきた目標を、いま改めて思い浮かべている。

 まずは、清潔な政治の実現。政治家のダーティなイメージを一新したい。二つ目には、無駄をなくし既得権と不当な規制を打破して、日本の社会と経済を骨太で筋肉質な構造に改めること。三つ目には、行政の透明性と公平性を高めること。そして、まじめな公務員の想いを国政の場で代弁したい。最後に、山梨の政治家として、地元の社会・経済を活性化して、首都圏の中で揺るぎない存在とすること。

 しかし、政治の現状をみると、自分の立ち位置がこのままで良いのか疑問に思えてくる。清潔な政治や構造改革の実現に対する熱意は、最近の自民党では殆んど感じられない。このままでは、保守主義に回帰して「お友達」と「世襲議員」中心で運営される政党になってしまいそうだ。地元県連の状況も似たようなもので、自己変革に対する認識の欠如は両者に共通している。

 今年8月、党公認として立候補した衆議院選で惨敗を喫した。僕自身の地元への浸透不足、特に地元自民党との連携不十分が敗因であると指摘されている。勝利を信じてご支援いただいた支持者、一般党員の方々には、「敗軍の将」として、自らの力不足を率直にお詫びしたい。

 選挙後4か月経過した今、僕は、党本部から小選挙区支部長に再任されないままだ。党本部と県連との協議の中で、「地元自民党関係者との連携不足」が再任保留の理由として挙げられた。党本部は、自ら選任して派遣した支部長の再任を県連の判断にゆだねてしまった。県連では、重要事項の諮問を受けるそれまでの「最高委員」を解任され、引退した元職同様に「顧問」とされた。

 4年間にわたる自分の努力や実績が評価されない職場、人間関係でなじめない職場に籍を置いていても、成果は上がらないかもしれない。何より、当初の理想を忘れてだんだん自分が自分らしくなくなってしまうのが恐い。党が政治家を取捨選択するのと同様に、政治家個人の側からだって、所属する党を、距離を置いて見直す自由がある筈だ。僕自身も支持者も、一日も早く国政の場に戻って、活躍する機会が来ることを願っている。

 ただ、今後は、政治理念を共有し心から僕を支持してくれる人々と共に活動していきたい。そんな環境はどこにあるのか、政治家個人の原点に立ち返ってじっくり考えたい。

 民主党鳩山政権も、各方面で政策の行き詰まりを露呈し、政権内部のまとまりの無さは目を覆うばかり。支持率も急降下中である。振り返って自民党を見ると、こちらは「相変わらず」のまま。多くの市民は、政治の現状に対して「どっちにも、まいったな」という印象を持っているではなかろうか?出来るだけ早く僕自身の立ち位置を見直して、ささやかながら、現実の政治に「新しい風」を起こしたい。恒例の党費徴収事務も今週いっぱいなので、選挙区支部長としての「仕事納め」も間近になった。

しっかりしろ!自民党

 自民党二階選対局長の政策秘書が、政治資金報告の虚偽記載で略式起訴され、罰金刑となった。報道で知る限り、政治家である二階氏本人は、自ら役職や議員を辞める気持ちはない。本当に自民党はそれで良いのだろうか?

 偽装献金の原因となった西松建設は、民主党小沢幹事長に対しても、巧妙な隠ぺい工作を施して長年にわたり巨額の献金をしていたことが明らかになっている。小沢氏の秘書は逮捕起訴され、公判中である。鳩山総理も政治資金について長年にわたる虚偽記載が明らかになって、その進退に関する報道さえ出始めている。

 10日、党内からは二階氏の役職辞任を求める発言が出たという。しかし、辞任を求める発言について谷垣総裁は、「現時点の判断としてはそれ(留任)で結構だ」とコメントしている。
松岡農水相、中川昭一財務相、鴻池官房副長官などこれまでの不祥事に対する党の対応から、全く変わっていない。終始、「お友達」感覚で世間の追及から庇おうとして結局、国民の信頼を失い、ついには、政権それ自体を手放す原因を作った。自民党は、その教訓から何も学習してないのだろうか?

自民党は、今や、野党第一党として与党側の政治資金疑惑を追及する立場にある。追及する側が身内に手加減しているようで、一体どうやって現に権力の座にある者を追い詰めるほどの迫力を示せるのか、大いに疑問がある。
僕自身、二階先生には、これまで温かいご指導を頂いてきた。親しみを感じている方だからこそ敢えてご意見申し上げたい。自ら、政治的な責任を痛感して、党の役職をひとたび辞任されるべきである。そうすることによって自民党は、本当に死にもの狂いになって、総理や与党幹事長の責任を追及することが可能になる。

 先生には、覚悟を決めた勇気あるご英断を期待したい。


情けねぇ!

選挙後4か月たったが、落選した僕の場合、まだ選挙区支部長再任が保留されている。支部長を務めてきた者の責任として、引き続き地域における自民党の代表としての活動を続けているが、党本部からの財政的支援も打ち切られており、持ち出しのまま同様の活動をするのもこの年末あたりが限界である。

惜敗率が高ければ再任について文句も出なかっただろう。保留とされた理由は特に、
「地元県議と馴染んでいない」
「地方政界に転出した元代議士から心からの支援が得られていない」
の2点だ。

郵政選挙後、常に「争わず、差別せず」を心掛けて地元で接してきた自分としては、この評価は「何を今さら?」の感を拭えない。郵政選挙で保守系同士が戦った選挙区では、そのしこりが今回の結果にも顕著に現れている。それは、途中で党の方針が何度もブレたことに影響されている。選挙区の違いや候補者個々人の努力を超えている。

当事者でもある県連ばかりを責める気はなく、一貫した指導性に欠ける党本部にあきれ返る。

もう一度、県連には支部長再任を党本部に要請するよう掛け合ってみるが、受け入れられない可能性も高い。納得できない妥協や迎合を迫られて悶々としていても、その苦労が有権者から評価されるわけがない。発言と行動で政治家を志した原点の理想を貫く方が多くの方の理解を得られるに違いない。

このままでは、「みんなでやろうぜ」という総裁の方針もうつろに聞こえてしまう。新年を迎える前に、自分としてもさっぱりと出直しを図りたいものだ。