小野次郎 公式ブログ『ジローのおしゃべりサロン』

霞が関、総理官邸&永田町のすべてに精通する小野次郎のつぶやきとため息

警察は社会によって生かされる

警察組織を離れて、もう9年が経つ。今でも「事件」や「逮捕」という言葉を耳にすると、自然に目がテレビの画面に行ってしまう。永年の習性だろうが、実は一番気になるのは、警察不祥事のニュース。その中でも、不祥事または不適正事案と当事者が認識しているのに、警察当局が全否定しているような場合である。事案の内容はケース・バイ・ケースだが、警察側の弁解は分かりにくく、ひいき目無しに見て、市民の共感を得る説明とはなっていない。

難事件の解決に警察幹部が「警察の威信を賭けて・・」などと言う場合があるが、これも警察の捜査力に対して市民が大きな信頼を置いていることが前提だ。信頼を寄せるかどうかは市民の側からの認識であって、警察側が勝手に当てにすることは出来ない。権威や権力を笠に着た公式発表を多くの市民が納得すると考えるのは、警察に限らず「官」側にありがちな思い違い。民・民間では、多くの場合「どうであるか」よりも、「一般にどう理解されるか」の方が重要だ。

「警察は社会によって生かされる」とは、善悪・当非の判断基準は、社会が警察に示すのであって、警察が判断のものさしを社会に対して押し付けることは出来ないということ。僕は鹿児島県警本部長の頃、同趣旨で「喜怒哀楽を県民と分かちあう」をモットーにしていた。警察の内と外で二重の価値基準を持つのは望ましくない。警察が一般社会よりも高い倫理観を保持することは構わないが、それを部外に押し付けるべきでない。また間違っても、一般社会で通用しない(旧い)価値観を温存することがあってはならない。

今、事件・事故・自然災害、いずれをとっても「安全」に対する市民の不安や関心は高まっている。警察への期待と共に、「警察もっとしっかりしろ」という気持ちも市民の間には強い。警察学校の段階から、「警察は社会によって生かされる」という観点に立って市民感覚を共有する警察官を育成して頂きたいと思う。


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コメント

「警察は社会によって生かされる」を読みました

大変古いブログの内容で申し訳ないのですが、「警察は社会によって生かされる」を拝見しました。私は今春、茨城県警察官に志望をしている大学三年生の者です。人を助ける仕事がしたい、安心できる社会のために働きたいと思い、子供の時からの夢だった警察官を志望しました。
本ブログを見て、自分が警察官になったらどういう警察官であるべきか、少し発見できた気がします。
警察官志望だということを友人や知人に話すと、頑張れと応援してくれる人もいれば、なんで警察官なの?というように少々嫌悪感を持っている人がいることを実感していました。同じ警察官志望の友人は「聞き流しとけばいいんだ」というようなことを言っていましたが、私は「警察官志望だ」と公に発言するのを少しためらっている自分がいることに悩んでいました。
「警察は社会によって生かされる」この文を見て、聞き流すのではなく、もっと一般の方々とコミュニケーションを図り、一般社会を理解するのが大切だと気付きました。
市民感覚を共有できる警察官になること、そして初心である人を助ける仕事がしたいという心を常にもって頑張ります。

駄文で大変申し訳ないですがコメントとさせて頂きます。ありがとうございました。

  • 2011/02/05(土) 12:39:38 |
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  • 警察官志望 #-
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