小野次郎 公式ブログ『ジローのおしゃべりサロン』

霞が関、総理官邸&永田町のすべてに精通する小野次郎のつぶやきとため息

日本の現状を、変える。

 今の日本は、官僚機構による支配の上に、政治がお飾り的存在になっているのではないか?
 巨大な存在の各省庁は、国民の手が及ばない状態になっており、政治は彼らにただ振り回されているように国民の目に映る。「消えた年金記録」の厚労省、「道路特定財源」の国交省、「諫早湾干拓訴訟」の農水省などは象徴的である。各省庁の官僚機構は、権限、業界、予算という既得権の城に守られて、各々半独立的に施政を行ってきた。内閣の方は、省庁を横につないだ連合体かせいぜい協議機関のようだ。
 国会には、道路族や厚生労働族など「族議員」と呼ばれる政治家がいる。彼らは「省庁応援団」、「役所の理解者」ではあっても、「監視役」の機能は期待できない。内閣支持率の低迷は、最高権力者であるはずの総理大臣でさえ、各省庁に対してリーダーシップを発揮できていないという評価だろう。「一度、民主党に政権を取らせてみたら?」という声が増えているのも、各省庁をひたすら擁護し、庇うイメージが自民党に染み付いているせいだろう。
 
 中央省庁から市町村にいたるまで官僚による「行政」は、日々の国民生活を隅々まで仕切っている。日本の現状を変えるためには、官僚による日本支配を終わらせなければならない。公務員は元来、市民に奉仕するためにある。官僚機構をこの原点に立ち戻らせることが今、何より重要になっている。
 僕は、公務員の意識改革のために、次の3点の徹底を図りたい。
 
 第1に、納税者であり有権者である市民は、公務員の雇い主である。公務員は、税金で、市民の要望に沿った仕事をする責任がある。市民にとっては、公務員の給与は要望を実現して貰うためのコストである。行政が市民のマチマチな要望を集約することは必要だ。しかし、雇い主である市民と対決するようなことはあり得ない。国家の緊急事態を除けば、利害調整による要望の集約がなされていない案件を強行すべきではない。他方、支出について市民の了解が得られれば、基本的に税金の使い道に制約はない。C型肝炎の一律救済のように、常識や人道上の配慮から税金による救済に異存がない問題について、官僚が、何だかんだと抵抗するのもあり得ないことだ。
 
 第2に、時間と空間は有料であることを、公務員に理解させる。お金を借りて事業をする市民にとって許認可の引き延ばしで増大するコストは、死活問題である。役所の側も、遅れた許認可では手数料を徴収しないぐらいのハンディを負うべきである。また、民間の不動産には固定資産税や相続税が掛かるから、誰でも資産の最大限の有効利用を考える。税金の掛からない何十兆円にも上る国有・公有財産の管理に、不動産会社や公認会計士などの手を借りて民間の資産運用の感覚を取り入れたい。

 第3に、公務員にも個人責任を負わせる。国家賠償法により、行政にミスがあれば役所が税金で市民に賠償する仕組みがあるが、公務員個人が賠償するわけではない。行政による処分を取り消させる訴訟では、市民が勝訴しても不当な原処分を下した公務員個人は何の責任もとらない。例外は、知事や市長など首長に対する住民代表訴訟であるが、強大な権力を行使する国家公務員は基本的に個人責任を負わない。自分は「匿名性」に隠れながら、市民に対しては「官の無謬性」に拘ることが最大のガンである。一罰百戒の意味も込めて制度的に、公務員の個人責任を追及する仕組みを導入したい。

コメント

公務員制度改革

公務員が仕事内容を評価されない。
評価をするシステムが無いのはおかしいですね。
評価によっては、減収、免職が当たり前にならないと改革は出来ません。
民間企業のような、個人評価制度の確立こそ必要です。
小野次郎代議士、頑張ってくださいね。

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