小野次郎 公式ブログ『ジローのおしゃべりサロン』

霞が関、総理官邸&永田町のすべてに精通する小野次郎のつぶやきとため息

天下りの本質

日本を良くするためには、官僚機構による日本支配の仕組みを打ち破らなければならない。自分の所属する役所の予算、権限、人員の確保と拡大に全精力を傾けるのが、官僚機構の本質である。内閣全体のために働くという感覚は極めて薄弱。自分たちの任命権者である大臣や本来の雇い主である国民などは、まったくのお客様としか認識していない。

こうした官僚機構を擁護する外部システムを形成するのが天下りOBの存在である。

「役人上がりにも経営センスのある人がいるから、天下りがすべて悪いとは言えない」という声を聞く。僕に言わせれば、個人の能力を買って経営に迎えるのは「ヘッド・ハンティング」であって、ここでいう天下りではない。天下りは、個々人の能力も人柄も関係なく、所管官庁との結びつきを示すためにその官庁のOBに与えられる指定席である。

天下りを、単なる再就職斡旋と中途「縁故」採用だと思えば、さほど目くじらを立てることもない。しかし、天下りの背景はもっと根深い。多くの場合、役所の工事発注や物資購入などの見返りの意味が隠れている。突き詰めればタダではなくて、国民の税金でOB処遇の経費が賄われている訳で、官僚機構による税金の無駄遣いの原因ともなっている。

また、官僚の先輩後輩の関係は連綿として途切れることはない。後輩の現役官僚は、天下りOBからの陳情に対しては、近未来の自分に対する利益供与のつもりで、特別に便宜を図ってあげる。
 
役所の側から見れば、天下りOBは大変役に立つ存在である。所管業界からの情報収集役や、族議員を「養う」ためのパーティ券や政治献金の斡旋係などを務めてくれる。人によっては、「官製談合」の仕切り役まで買って出る。

いわゆる「渡り」の場合を含めて、天下りは、こうした官僚機構の権益の構造について、生涯にわたる「配当」と「口止め料」の意味を持っている。実際、官僚OBで出身官庁の体質を批判する者はなかなか出現しない。最近、「脱藩官僚」という言葉を耳にするが、官僚機構に自己批判を加えることは、「脱藩」するくらい周囲から白い眼で見られることを示している。

キャリアの場合、同期生から局長が出る頃には、残りは辞めなければならない。天下りは、早期退職を受け入れる代償の意味を持っているから、早期退職を前提する限り、天下りの根絶は難しい。

僕は、民間同様に、後輩の上司の下で働くことや給与が下がってスタッフ職として働き続けるコースを当たり前にしてしまうことが急務と考える。そうなれば、定年後に、民間で働くことになる場合でも、最早、天下りの本質である、所管官庁との強い結びつきを体現するシンボルにはなり得ないからだ。官僚機構の意識改革が求められる。

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://blogonojiro.blog22.fc2.com/tb.php/43-7e481313
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)