小野次郎 公式ブログ『ジローのおしゃべりサロン』

霞が関、総理官邸&永田町のすべてに精通する小野次郎のつぶやきとため息

検挙しなかった自慢話

私が警察出身だと知る人は、決まって「凶悪犯人の逮捕とか難事件を解決したとか...小野さんの警察時代で一つくらい自慢したい話はないの?」と尋ねてくる。大きな事件は大人数態勢で取り組むものだから、個人の手柄なんて滅多にあるものじゃない。黙っているのも悔しいが、捜査の難しさを語るのも興ざめだ。
だから、「犯人検挙の自慢話はないけど、犯人を検挙しなかった有名な事件はあるよ」と切り返してやる。この珍回答に「エ、エッ、どういう意味?!」とまわりの人まで振り返る。
1990年か91年に篠山紀信さんが樋口可南子さんをモデルにヘアヌード写真集を出版した事があった。警視庁の風紀取締部門ではこの事件を検挙すべきか否か何度か議論になった。当時、フランス大使館勤務から戻って間がない私は主管部門の総務課長だった。ムーラン・ルージュやリドのヌードショーが懐かしかったし、夏の地中海でヌーディスト海岸を覗き見た経験も思い出した。ヨーロッパではヌーディストとは呼ばずにナチュリスト(自然派)と呼んでいる。
「生まれたままの姿を見せただけで検挙されるなんて可笑しいですよ。」と、会議で話題になるたびに食い下がった。
「警察は都民から自然に拍手が沸くような事件を検挙した方が良い」と、検挙にハヤる現場部門を諭した。心の中では、昭和から平成へと変わり社会も警察も変わらなければ、と感じていた。
部内の会議メンバーにも「綺麗ですね」と評する方が出て、事件検挙の熱は何となく挫かれた。いつの間にか、単なるヌードは謙虚に値しないというムードになっていた。
何も特に手を下したわけではないが、結果的に日本の「ヘアヌード解禁」に貢献することになった。
それから何年かして鹿児島県警本部長を務めたとき、奄美地方の墓石の形に興味を持った。一部は本土南端の指宿あたりにも見られる。墓のまわりに親族相和して法事の代わりに大宴会を開くというのは面白い。
代表的な墓石は、墓石が左右に拡がって並び真ん中に室のような部分がある。島の古老は「あれは女性性器を模している」と説明してくれた。墓石の形は、「生命誕生の元」であり、「死んで母胎に還る」という意味に受け取った。
さらに、全国の海岸地域には、昔から漁に出る前には女陰に向かって航海の無事を祈る習慣があると言う。
だから、『日本では男根にはおおらかだが女陰には厳しい』という風説にも何かウラがありそうである。「農耕や航海、さらに平和」に結びつく女陰に対して、男根は「武士道と戦さ」のシンボルだったのではないか?武士道や戦さを賛美する近代日本の風潮に煽られて先の男尊女卑とも受け取られる風説が拡散したのではないか。そうだとすれば、決して日本古来の美意識や道徳観ではないと私は思っている。

「安倍晋三記念小学校」の問題

籠池氏はごく短期間と説明しているが、実際は二年くらいの長期にわたって「 安倍晋三記念小学校 」の名称で寄付金を集めていた可能性があるとされる。
籠池氏が安倍夫妻にとって全く見も知らぬ関係であれば、総理の名前を僭称した詐欺の疑いさえ出てくる。
他方、実際にはその間も総理夫妻と籠池氏側との交流が続き、夫人が講演に度々赴いたり最後は名誉校長を引き受けるなど総理夫妻は一貫して小学校開校を応援していると見られても不思議でない関係にあった。
だからこそ「安倍晋三記念小学校」の名称も、相当長い間にわたって関係者の間で疑問に思われなかったと見られる。
これが国のトップにある政治家の関与を示すひとつの証拠と見られるならば、政治的にはその方が却って重大かも知れない。

秘書は本人のために働く

昨日、総理夫人付き秘書役の谷査恵子さんのファクスが話題に上った。
秘書の立場の人間が、依頼者への返答の末尾に、「本件は、◯◯(本人)にも既に報告させて頂いております」と付け加えている意味は大きい。
1秘書が本人に知らせずに個人的に対応している案件でないこと
2依頼者への伝達内容について報告を受けた本人が「諒」としていること
の2点が見て取れる。
依頼者への返答に上記の文言を付する事は、本人と秘書役との任務分担と一体性の両方を示す為に日常的に用いられる。
この文言が付されているにも関わらず、秘書役が個人的依頼に対して親切心の範囲程度に回答したものであるかのように政府は説明している。
私自身が、秘書の立場も秘書の手助けを受ける議員の立場も両方経験している。
秘書役の任務と秘書に手助けを受ける者の責任と、いずれから見てもあまりに牽強付会で理不尽なこじ付け的解説に憤りを感じて筆を取った。

証人喚問での証言の信ぴょう性

一般論だが、罰則付き証人喚問で述べた証言は、他の場面の発言より格段と信憑性が高い。
渦中の人物を召喚し、罰則の制裁下で重い口を開かせて真実を究明するのが本来の国会証人喚問。今回の喚問は、不都合な事実を公言して憚らない人物を国会に呼びつけて罰則の制裁を翳して口封じするもので、趣旨が本末転倒と言わざるを得ない。
今回の証人喚問で証人に偽証の制裁を翳してこれまでの発言を撤回させるか、或いは同じ内容を証言した場合でも後になって偽証罪容疑に追い込むという与党の目論見は、案の定、上手くいかなかった。
籠池氏がこれまでの発言を証人として証言したため、かえって事態はお互いにますます引っ込みがつかなくなってきた。
罰則制裁下という状況下で証言した内容に反駁・対抗する為には、同じように罰則制裁下で行われた否定又は相反する他の証言がどうしても必要である。
明日、国会の委員会に関与が噂される関係局長らを参考人として呼んで説明を聞くことが決まった。その場に籠池氏がいない上に罰則の制裁も伴わない参考人だから、何とでも言い訳が出来るかも知れない。その反面、説明の信ぴょう性については、本来の証言に適うものとはなり得ない。
究極の危機管理とは、被害の極小化(ダメージコントロール)の知恵である。一刻も早い収束をめざす政府・官邸側としても、事実関係を認め関係者からきちんと釈明する「落としどころ」を見定めることが重要である。最初は、畑の隅のゴミが燻っている程度と思っていても、延焼を食い止める見通しがなければ、いつの間にか母屋まで火の手が近づくことにもなりかねない。
これ以上国民の不信が高まるようだと政局にも影響する可能性がある。
深読みして、与党側の内部にこの証人喚問が政局に発展する可能性まで承知の上で段取りしていたとすれば、政治って本当に恐ろしい。

国有地払下げに関する売却交渉資料

森友学園への国有地払下げにまつわる疑惑 。国有地払下げも土地売却の一形態だから、払下げ後も普通の売買同様、錯誤による契約無効や詐欺を理由に取消し、義務不履行による損害賠償、買戻しなどの法的措置が起こり得る。
現に国は、小学校の開校が認可されない事を理由に、この土地の買戻しを検討中である。
売却協議の交渉(値引額算定や認可見通しを含む)記録は、事後に問題発生の際に法的措置を取る担保として保管していなければ国側の正当な権利を行使できないことになりかねない。
資料を売却後速やかに廃棄したという財務省の説明はあまりに不自然である。
また、会計年度で言えば、今月一杯は2016年度。 会計検査は前年度以前について検査が入る場合が多いので、今の時点で直近の2015年度や2014年度の国有財産売却に関する様々な資料を残していない事はあり得ない。現に会計検査院が目下、財務局に会計検査に入っている筈である。
財務省が廃棄したと言う資料がどの範囲のものか分からない。少なくとも、身内である省内の会計監査 や会計検査院の検査に耐えるだけの資料をすべて国会に提出すべきである。